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「こどもを守る」ということ
本体ブログで、地元江戸川で行われるCAPプログラムを巡って少し文章を書いたのだけれど、書いてみてまたあらためて思ったこと。

CAP(Child Assault Prevention)って、こどもがスキルを身につけて「自己責任」で自分の身を守りなさい、というのではないんですよね。
こどもが「安心」し「自信」をもって「自由」に活き活きとふるまえるような<関係>を、こどもの周りに創り出していくこと、なんだ、と思った。

この<関係>というのが、いちばん大事。
この問題では、私が毎月こどものちょっとした病気や症状について連載している雑誌『母の友』『母の友』(福音館書店)が、ちょうど6月号・7月号と連続で、やはり「子どもを守る」という特集を組んでいます。

その中で、たとえば7月号に登場した犯罪学の谷岡一郎さんが、こんな指摘をしておられます。

よく言われるような日本の「安全神話」がもしあったとするならば、それはコミュニティが子どもたちを守ってきたということにほかなりません。中でも、子どもたちに声をかけたり何かと世話をやいたりする、いわゆる「世話焼きのおばさん」の存在が、日本の防犯を一手に担ってきたといっても過言ではないと私は考えています。


しかし、コミュニティのあり方が変化して、そういう存在が少なくなってきた、そこで新しいシステムづくりが必要になってきた、と述べた上で、谷岡さんは、たとえば「防犯パトロール」についても、その弱点を指摘しています。

ただボランティアを募ってみんなで見回って終わりというのでは効果は得られません。あっちを見回っている間にこっちが危ないということがあるかもしれませんからね。


たすきをかけて見回っているのも、犯意のある人間がまねしてたすきをかけて「危ないからおくってあげよう」なんて近づいてきたらこどもは信用してしまうかもしれない。なるほど。

そこで谷岡さんが提案しているのが、「見回り」ではなくて、「安全な定点」をつくることです。坂道の途中にある家で自宅前にベンチを置いて、ご自由にお休みくださいとやった。そうするとそこはいつも誰かしら人が居る場所になって、その周辺は子どもにとっても安全な場所になる。そんな場を、例えばテントを張ってお茶でも出して、地域のお年寄りが碁でも打ちに来るとかいうかたちで設けていったら、というわけです。

これはひとつの案でしかないわけですが、そんなふうに、具体的に町の中に、自然に人が居て周囲を眺めているような場所があって、こどもに声をかけることもできるし、こどもからも寄っていくことができる、というのは、たしかに「あったらいいな」と思わせます。

ただ、それは江戸川のような都市部(少なくともある程度人が集まって住んでいる「まち」)でこそ可能なので、通学路の途中に人気のない林があったりするような土地では、また別の方法が必要なんでしょうね。
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(非公開コメント受付中)

そういえば、おとなが日常の移動にいつも自動車を使っているような地域で、こどもの通学だけが徒歩、っていうのも、それだけで危ないような気がしますね。
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