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阿賀の旅
古い友人であった、映画監督の佐藤真を追悼する集いが、先日新潟で行われました。

追悼集会:スタッフら100人、佐藤真監督しのぶ‐‐新潟 /新潟
(毎日新聞サイト)

先日のえどがわ・水俣まつりで上演した『天の魚』の川島宏知さんたちとともに、参加してきました。

リンクした新聞記事にもあるように、約100人が集っていました。その大半が新潟在住で、映画『阿賀に生きる』に何らかのかたちで関係した人びとでした。

『阿賀に生きる』は佐藤真の最初の監督作品です。阿賀野川中流の村に「阿賀の家」という拠点を定めて住み込み、編集も含めて4年の歳月をかけてつくられました。この一帯は昭和電工鹿瀬工場の少し下流にあたり、1965年、「第二の水俣病」として社会に衝撃を与えた「新潟水俣病」の発生地域です。チッソ水俣工場と同様の工程でアセトアルデヒド合成を行っていたこの工場から、やはり同じように有機水銀が処理されることなく排出されていたのです。

映画はむしろ淡々と、人びとの暮らしを映していきます。山あいの田んぼをたがやす老夫婦。餅屋のおじいさんとその一家。船大工の老人とその弟子となる初老の大工さん。
その人びとの日常の中に、水俣病の症状が垣間みえ、あるいは裁判所に向かう光景がはさまれます。
背景には、ゆったりと流れる阿賀野川の風景があります。

今回の旅では、阿賀野川を遡る道に沿って、阿賀の家と、登場人物のひとりであった長谷川芳夫さんのお墓、昭和電工鹿瀬工場なども巡ってきました。かつて会津と新潟・日本海の間で物資を運ぶ動脈でもあった「阿賀野川」という川の面影にも触れることができました。

9月に東京で行われた追悼の会はあふれんばかりの人で、ゆっくり故人を偲ぶというふうにはなり難かったのですが、映画人としての佐藤真を育んだ新潟の地での集いと、その足跡を巡る旅によって、ようやく弔いをすませたような感じがしています。
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