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「希望」としてのリハビリテーション
リハビリテーション専門医でもない私がこんなことを論じる資格はないのかもしれないけれど。

前のエントリーをアップしてからちらちら考えていたこと。それは「リハビリテーションの意味」ということについてだ。

もちろん、それは第一義的には「機能回復」ということになる。それを、どのような機能が、どのような速度で回復し、いつ社会復帰できるか、という、ある種の「効率」の尺度で見てしまえば、一定期間を過ぎた後なお必要とされるようなものは、低く評価されてしまうのかもしれない。
けれど、そういう発想は、どこかゆがんでいる、と思う。少なくとも、医療や福祉の視点からは。
医療保険制度は、社会の中で、労働力として働ける(ないしはこれから働けるようになる)人が働き続けられるためだけにあるものだ、とでもいうのだろうか。

回復した機能を失わないためのリハビリもあるし、失われた機能にかわる何かを獲得しようとするリハビリもある。これ以上悪くしないためのもののあるし、悪化は防ぎようもないけれど少しでも歯止めをかけようとするものも、少しでも苦痛を少なくしようとするものもある。

病を得、あるいは年老いて障害を負った人が、その人生を生きていくということと、それらは不可分だ。
「希望」としてのリハビリテーション、と言えば、いささか美しすぎるのだけれど。

署名活動は拡がり、すでに3万人をこえる署名が集まっているという。腰の重かった学会・協会も正式に動き始めたようだ。

日本の社会や政治は、まだそこまで悪くなってはいない、と信じたい。
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