2017/04
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食品公害
中国で製造された冷凍のギョーザに、有機リン系農薬が混入していて、中毒被害が続出しています。

どうして混入したのか(事故?過失?故意?・・・)とか、最初の被害の届けが12月末なのに1ヶ月も問題が明らかにされなかった(その間さらに被害が出てしまった)のは何故なのか、とか、そもそも海外で生産して輸入する食品がこんなに多いなんて、とか、いろいろ問題点はあるわけですが、

食品に毒物が混入していてそれを食べた人が被害、といえば、思い出されるのが、1955(昭和30)年の「森永ヒ素ミルク事件」と、1968(昭和43)年の「カネミ油症」事件。
「ヒ素ミルク事件」では、赤ちゃん用の粉ミルクにヒ素が混入していたため、1万人以上の赤ちゃんに中毒症状が出、130人が亡くなっています。粉ミルクの品質安定剤として添加されていたリン酸化合物(もともとは工業用)にヒ素が混じっていたもので、この薬品を検査せずに添加物として使用していた森永の責任が問われました。

「油症事件」は、食用の米ぬか油に、PCBとそこから生成したダイオキシン類が混入し、これを食べた人に、皮膚や肝臓など全身の多彩な障害が出、胎児にも影響が及んだものです。患者として認定された人だけで2000人弱、被害の全貌はいまなお明らかではありません。この事件では、米ぬか油の脱臭のため加熱する過程で使用されていたPCBが、製品の油に混入したのですが、その原因は工程の配管ミスにありました。

1955年は水俣病の公式発見の前年、最もひどい被害が増え始めた時期にあたり、1968年は水俣病がようやく「公害」と認定され、長い間沈黙を強いられてきた被害者が裁判を起こした年でもありました。1964年の東京オリンピックをはさんだ十数年、「高度経済成長」の初期と後期に起きた事件でした。

「生産第一主義」と言われ、経済成長の裏で起きる健康被害には注意が向けられず、安全性や消費者保護という視点が行政にも企業にも乏しかった時代。現在の中国は、同じような過程を、より大規模に、より速いスピードで通ろうとしているようにも見えます。

<追記>その後の報道で、該当の製品のひとつには包装に穴があいていたとか、公表の2日前にJTフーズの株が大量に売られていたとか、「事故」では片づかないのかなあ、と思わせるような情報も流れています。ともあれ、「水俣病・水俣学」というカテゴリの中で「食品公害」をあらためて想起するということ自体は意味があると思いますので、このエントリはこのままおいておきます。
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