2017/09
≪08  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30   10≫
「Tシャツ」と「国旗」?シンボルを巡って?
長野での聖火リレーが終わりましたが、その報道を見ていてどうも釈然としない・・・という話。
まあタワゴトですけど。

ラサを初めとして、抗議行動に対する中国政府の「弾圧」という姿勢には大きな問題がある、と確かに思う。いつまでも紋切り型のセリフを繰り返していないで、何らかの協調の道筋をつけていくべきではないのか、とも思う。
聖火リレーを応援するために中国の国旗を持って集まってきた留学生達の姿も、多々報道された。国を離れているからこそ祖国を思う、という気持ちはわかるけれど、だからこそ、今そこにある矛盾、あるいは発展途上だからこそ生起しつつあるだろう新たな矛盾にも、まっすぐ眼を向けてほしいとも思う。

自国のありように対する冷静で批判的な眼を持たない「愛国心」ほど、危ういものはない。それを日本という国に住む人びと(私たちの父母や祖父母)は、かつての戦争を通じて嫌というほど味わったのだから。

一方で、抗議する側として現れた「チベットの旗を持った人たち」って、いったい、誰なのか。
この表現は「チベットの人たち」というわけではない、と言っているわけで、じゃあ何で「チベットの旗」なのか。その「意味」は?

同じ抗議行動でも、最初に話題になった「国境なき記者団」のパフォーマンスで使われた抗議のシンボルは、「手錠でできた五輪マークの黒いTシャツ」だった。
これなら、意味はわかります。自由や人権への侵害を無視して行われるオリンピックって何なのか?という問題提起になるから。それは中国だけじゃないし、今だけの話じゃない。ヒトラーの国威発揚の場であったベルリンオリンピックでも、それが可能だったなら・・・とかも考えたりする、けっこういい材料になる。

だけど、チベットから逃れてきたのでも、チベット仏教に帰依しているのでもない人が「チベットの旗」を掲げて聖火リレーに抗議する、っていうのは、何なんだろう?
まして「日の丸」が出てきた日には・・・
それってかえって失礼だし、不遜なんじゃないんでしょうか?

中国への漠然とした反感を表現するのに、「チベット」を利用しているような、何かとてもキモチワルイ感じがします。
関連記事
Secret
(非公開コメント受付中)