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今さらながら「不登校」について考えてみた
こういう本が出ているのは知っていたけれど、「よりみちパンセ」シリーズだとは思いませんでしたよ。
で、先日久々に神保町まで足を伸ばした際に、三省堂書店の児童書売り場でたまたま目にして、購入。ほとんどの文章を書いている貴戸理恵さんは小学校1年で、途中の一節を担当している常野雄次郎さんは10才でそれぞれ不登校となり、その後学校に戻ったりなどもしつつ成人していて、この本の刊行時(2005年)にはともに20代後半の「不登校経験者」。

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「不登校、選んだわけじゃないんだぜ!」

で、これまた久々に「不登校」について考えをめぐらすことに。
「選んだわけじゃないんだぜ!」というのは、直接には、不登校の子どもたちが「学校に行かないことを選んだのだ」と表現される(されてきた)ことへの違和感の表明である(著者たちはこれを「選択の物語」と呼ぶ)。

むろん、この「物語」が、不登校・登校拒否が長いこと「こころの病気」とされ、「ほうっておいてはいけない」「治療の対象」として扱われ、親も子も追いつめられてきた歴史を、当事者の側から反転させる論理であったのだということ、それに「救われてきた」ことは、著者達も認めている。年端もいかない子どもがベッドや柱にしがみついて「行かない」と抵抗しているのを、無理やり拉致して学校に連れていくなんて、どう考えたって、ありえないほど乱暴な話なのだけれど、でも実際にそういうことが多々行われていた。そういう時代からようやく脱けだしはじめた時期に不登校になって、とりあえず「行かない自分」を肯定され、居場所を得ていたことを肯定的に評価したうえで(その意味では親やフリースクール関係者等々への感謝を述べながらも)、でも、というところから話は始まる。

私自身も、子どもが主体的に『選んだ』という言い方は厳密には成り立たないだろうなあ、とか、「不登校だけどこんなことやってる・できる」「不登校だったけど大学に行った・ちゃんとした社会人になった」という「明るい不登校」ばかりを強調するのはちょっとマズイんじゃないか、とか、思ってきたし、そういうようなことを話したり書いたりしたこともある。だから、彼女達の述べる「違和感」はすっと入ってくるというか、「そりゃそうだろうなぁ」と思う。

「学校に行きますか、行きませんか」と、選択肢が等価のものとしてあるわけではない世の中で、学校に行っている子どもだって、学校に行くことを選んでいるわけじゃない。もちろん、ある程度の年になると、「学校に行く意味」とか「勉強する意味」とかを考えるようになるけれど、それも結局ほとんどの場合、自分自身をなだめる手段にしかならない(というか、私はそうだった)。それでも、行かない、という心と身体の動きに従わざるをえなくなる時というか場合がある。そういう意味では、それは「そうするしかない選択」ではあるのだ。

そして、子ども自身はやっぱりどこか苦しいし、不安だし、そういう自分が、今でも自分の中にいる、という彼女らの実感は、正直なものだろう。でも(反論するわけじゃないけど)、中学から学校に行くようになった貴田さんが学校で感じた奇妙な違和は、私自身が学校で感じていたことと実はそっくりだ。つまり、どこかでつながっているんだ(それが、「不登校になるのは特殊な子どもではなくて、どんな子どもでも不登校になりうる」ということのほんとうの意味なのかも)。学校に行っていようと行っていまいと、「子ども」の抱えているもの、として、共通するものはあるんだろう。もちろん簡単に一緒にすることもできないのだけれど。

著者たちは「登校拒否は病気じゃない」派のおとなたちの中で育って、だからそういう考えがその時代の主流であったように書いている感じがするけれど、私の実感としては、多くの子どもは「行かない」のではなく「行けない」のだから「行けるようにしてあげる」べき、とか、長期化する前に早期に学校復帰させるべき、という潮流は廃れたことはなかったというか常に多数派であった、と思う。そのへんの歴史認識というか状況認識のちがいはありますね。

ともあれ「明るくなくたっていいじゃないか」というのは、ほんとの出発点ではある。暗くたって、ダメだって、いいじゃないですか、というところから始めること。

それと、とくにおとなへのメッセージとして、簡単に「わかる」な、っていうこと。「わかろうとする」という気持ちの動きと、「でもわからない」という遠慮のようなものとが、ほんとはいちばん大事なんだろう。だいたい「わかってる」という人ほど「わかって」ないものなのだから。
・・・って、こういうところまでくると、障害者運動とか、フェミニズムとかの問題提起と近づいてくるんだなあ。
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