2017/09
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ヤノマミ。
 昨夜、たまたま、NHKスペシャルでやっていた、「ヤノマミ?奥アマゾン 原初の森に生きる」を観ました。アマゾンの奥地で、1万年間変わらない生活をしているという部族と、のべ150日も同居し暮らしをともにしながら撮影されたとのことで、確かに力作とだと思いました。

 深い森の中、そこだけ切り開かれた広場に、円形、というかドーナツ型(真ん中は中庭)の大きな家(といっても柱と屋根だけ、床はない)を建て、その1軒の家に村人全部が一緒に住んでいる。家族ごとに囲炉裏を持つ。ほとんどが一夫一妻(ということはそうでない家族もあるということでしょうが詳細は語られず)。寝床はハンモック型。衣服はほとんどつけていない(ただし10年ほど前から政府の僻地医療が入るようになり、若干の衣服やナイフなどが支給されているとのことで、どうみても既製品と思われるパンツをはいている人も)。

 シャーマンは村に複数いる。幻覚剤でトランス状態になって病人の治療(とりついた精霊を追い出す)を行なう、なんていうのは、ああヤノマミ以外の話でもよく聞くよな、と思いました。大シャーマンが語るヤノマミの世界観。人は死ぬと天に昇り精霊となる。精霊もやがて命尽き、地に降りて虫となる。男はハエやアリに、女はノミやダニに。虫は消えてしまうんですね。転生はするけど輪廻はしない。

 好きなときに起き、好きな時に寝、好きなときに食べる。「生活リズム」というものは決まっていないんですね。狩りは共同で行い、獲物は村人みんなに平等に分ける。妊娠している動物が獲物だった場合、胎仔は食べず森に戻す。時には集団で森に分け入り、仮小屋をつくって滞在し、とった獲物は薫製にする。女性や子どもは同行しているけれど老人はいない様子でした。でもそのシステムというか役割分担がどうなっているのかは説明されません。川で魚を捕る女たち。痺れる作用のある草の汁を川に流し、浮かんでくる魚を捕まえる。これは女性と子どもばかりだったけれど、男は弓矢での狩り・女と子どもは魚捕りという分担なのかもしれません。

 ほとんどの家族が一夫一妻、という一方で、10代前半の出産・結婚していない人の出産も日常のこと。とすると、そもそもこういう社会での「結婚」の意味ってどういうものなのか、という疑問もわきます。子育ては家族みんなが協力して行なう・・・ということからすると、囲炉裏を共にする「家族」は、子育てのためにあるのかもしれない、と思ったり。

 子どもは4?5歳まで名前がない(おそらくこの年齢までに亡くなる子が多い。政府の僻地医療が始まって急速に人口が増えた、と言っていたことからも、ちょっとした医療や衛生で死亡率が激減したのだと推測でき、そのほとんどが乳幼児と考えられる)。出産は森の中で行われる。関わるのは女たちだけ(これは多くの社会・文化で同様ですが)。生まれた赤ん坊を、母親は(他の人も)すぐには抱き上げず、しばし寝かされたまま。なぜなら生まれたての赤ん坊はまだ精霊であり、人ではないから(敷延して考えれば、動物の胎仔を食べずに森に返す、というのも「精霊だから」なのかも)。人として受け入れるか、精霊のままとするかを決めるのはその子を産んだ母親ただひとり。人として受け入れると決めたら母親は子を抱き上げ、乳を与える。精霊のままの子は、森へ還される。つまり殺されるわけです。シロアリの巣に入れて食べさせた後、巣ごと焼き払う。

 ひどく残酷なようですが、産まれた子を「お返しする」つまり殺してしまう「間引き」は、日本でも江戸時代までは普通に行われていたのですし、明治になって法律で禁じられても、なお続いていたことが知られています。世界的にも歴史の中では珍しいことではありません。ただ、この行為がヤノマミの中でどういう意味付けがされているのかはわからないにせよ、その社会的な効果はまぎれもなく人口調節です。そうしたことが、かくも原初的な社会・文化の中にすでに存在する、ということには、驚きを感じました。

 などなど、印象に残った断片は非常に多いのですが、全体として「何を撮りたかったのか、伝えたかったのか」がいまひとつわからない感じでもありました。おそらくタブーに触れて撮影できない場面・立ちあえない場面も多々あったでしょうから、「わかりにくさ」「説明不足感」はやむをえないのかもしれませんが。
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