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う?ん、深い・・・
 先日、江戸川子どもおんぶずの「松江の家」でさをり織りの縦糸はりやらさをり織りを使ったグッズづくりやら、をやりました。

 その時、某さんから見せてもらった絵本、「キツネ」(マーガレット・ワイルド作/ロン・ブルックス絵)。子ども向けの絵本なのですが、う?ん、深い、と思ってしまいました。

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 (以下ストーリーに触れます)

 林が火事になり、犬はカササギを助ける。犬は片目を失い、カササギは翼を傷つけて飛ぶことができない。絶望にうちひしがれるカササギ、励ます犬。やがて犬はカササギを背中に乗せて走る。カササギが犬の目となり、犬がカササギの翼となる。そこに現れたキツネ。キツネは、自分は犬よりもっと速く走れる、とカササギを誘い、拒否していたカササギは3回目にそれを受け入れる(2度拒絶して3回めに受け入れる、というのは説話としてよくある構図だ)。キツネは風のように早く走り、はるか遠くの砂漠で、カササギを置き去りにする。「このまま死んでしまったほうがラクなのでは」と思いながら、犬のもとへ戻ろうとするカササギ。

 ストーリーだけを追うと、主人公はカササギなのですが、ではなぜタイトルが「キツネ」であり表紙もキツネなのか・・・?

 犬とカササギの「友情」あるいは共生関係がまずあるのですが、しかし、よく考えるとそれは「対等」なものではない。ケアする者としての犬がいて、ケアされるカササギがいる。犬は、キツネに対しても、淡々と受け入れるだけ。そこに現れているように、傷ついても充足している存在です。それに対して、カササギは傷つき、傷ついたことを受け入れられず、キツネに対しても不信感を抱く。不安を抱え続けている存在です。そのアンバランスな関係に、キツネが入り込み、そして去ることによって、関係が組みかわる。

 キツネは、独りであることの象徴。犬は、独りであることをうけいれた上で他者とかかわろうとする者。そしてカササギは独りであることの意味を理解していない(いなかった)、それゆえに他者と関わることの意味も理解していない(いなかった)者。そんなふうにも読むことができます。

 何か、宗教的な意味というか象徴性があるのかな、とも思いましたが、どうなのでしょう。来訪し、去っていくもの、というキツネの存在にも、意味があるのかもしれないと思いますが・・・ネットで検索しても作者の背景などあまりわかりませんでした。

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