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深淵の縁に立つ
 NHKで、「獣の奏者エリン」というアニメを放映していますが、その原作本です。ネットで見ていると、「子ども向けの話ではない」という趣旨のことを書いている方がかなり多く、実際、かなりいりくんだ陰謀のうずまく物語で、特に後半になるほどトーンは暗くなります。

 しかし、読了してみると、やはり、思春期前後の若い人たちにこそお勧めしたい物語だ、という思いを深くしました。

 「獣の奏者」

 

 以下は感想です。
 各巻にタイトルがついてはいるが、ひとつながりの物語で、上下巻と思ったほうがよい。

 舞台はどことも知れぬ異世界、神聖なる「真王」の統べるリョザ神王国。主人公は「闘蛇衆」の村に暮らす10歳の少女・エリン。「霧の民(アーリヨ)」と呼ばれる流浪の民の一員であった母と、闘蛇衆の頭領の息子だった亡き父との間に生まれた子であり、母は「獣ノ医術師」として闘蛇(大蛇と竜の間のような生き物)の世話にあたっていた。しかし、冒頭でいきなり闘蛇が謎の死を遂げ、責任を負わされた母は処刑、辛くも助かったエリンは、故郷を遠く離れて育つことになる。

 様々な人と出会い、希有な経験を重ねながら成長していくエリン・・・という物語の骨格は、「守り人」シリーズよりもむしろファンタジーの王道っぽい。

 一方このエリンの物語と平行して、中盤あたりから、しだいにこの国を支えているシステムが、そしてそこに生じているきしみが、明らかになってくる。

 森の中の宮に在り、流血を穢れとする真王に代わって、闘蛇を駆って国境を護り、さらに周辺諸国を切り従えてきたのは、平野部を治める「大公」。その部下や領民には、身体を張って戦う自分たちが、「穢れ」を負うものとして一段低く見られることへの不満、さらに真王を弑して大公に権力を集中すべきという考えさえも育ってきていた。そうした対立、きしみを巡って、様々な人物の思惑が交錯する。

 そこに展開される暗闘を、じっと見据えているのが、真王の警護役、文字通り我が身を楯として真王を護る「堅き楯(セ・ザン)」のイアル。主人公のエリンに比して登場場面は少ないのだが、副主人公と呼ぶべき存在である。イアルが登場する第三章以降、物語は複雑さを増し、陰謀うずまく世界、ともいうべき展開になる。

 そして、思ってしまうのだ。
 「これは、『ファンタジー』なのか?」と。

 それほどに、エリンが、そしてイアルが、立ち向かわざるをえない運命は、暗く、重く、苦い。

 「この世に生きるものが、なぜ、そのように在るのかを、知りたいのです。」

 母と同じ「獣ノ医術師」となることをめざした14歳のエリンは、学舎の試験でこう答える。「なぜそのように在るのか」を問い、動物たちを野に在るように生きさせたいと願うエリンの態度は、神秘とは無縁の「科学的」な態度でもある。そしてそのような態度ゆえに、エリンは知らず知らずのうちに、国の歴史の深部に見失われていた「王獣」と「闘蛇」の秘密に迫ってしまうのだ。人はそれを「アーリヨの秘技」と見たがるが、実は緻密な観察の賜物である、ということも、師となるエサルの言葉でくりかえし語られる。

 もうひとつエリンという少女を特徴づけるもの、そしてイアルと共通する(それゆえに二人を結ぶ「絆」であるように私には感じられるのだが)もの、それは「孤独」あるいは「孤立」である。他者との間にどうしようもなくある深淵。

 エリンの場合、それは、異族である母親とともに、村の中で、祖父母にさえ距離を置かれて育ち、さらに母親を失うという経験からくるものかもしれないし、「なぜそのように在るか」を問うてしまうような、ものごとを距離をおいて見つめる性質からきているのかもしれない。もちろん彼女の境遇が、そうした性質をも育てたのかもしれない。

 イアルの場合も、幼くして父を失い、その境遇から、まるで大きな手でつまみあげられたようにして、ただ真王のためにのみ生き、それまで持っていた絆のすべてを断ち切らねばならない「堅き楯(セ・ザン)」とされてしまう。そのような者として、ただひたすら刺客に目をこらしてきた、そのことがイアルにもまたある種の「客観性」を持つ目を与えているともいえ、そのような目を持つからこそ優秀な「楯」でいられたのだと考えることもできる。

 ちなみに上橋の作品では、『狐笛の彼方』の小夜と野火にせよ、『守り人』シリーズのバルサにせよ、同様の孤独を帯びた登場人物が多い。

 むろんこの二人以外にも魅力的な登場人物は多い。冷静な医術師であるエリンの母ソヨン、幼いエリンをたまたま助けあげ養育する博識な蜂飼いジョウン、エリンの師となる「王獣にとりつかれた」女性・エサル、学舎のルームメイトでへだてのない気質の少女ユーヤン・・・大公やその息子たち、王族たち、イアルの同僚、アーリヨの人びとなど、それぞれが生き生きと動いているのも、上橋作品の特長だ。

 真王の傍にあり情報を集めて陰謀の中心にせまるイアル。王獣とのかかわりを深めることから、王祖の定めた「王獣規範」の含意に気づいていくエリン。王獣はなぜそのように飼われ育てられているのか、アーリヨの厳しい戒律にはどのような意味があったのか。物語の終盤に向かって、それらが一気に解き明かされていく。さまざまな規範も戒律も、歴史の教訓から生み出されたものではあるが、それが固定化し形骸化してただ人を縛るものとなったとき、もともとの意味は失われ忘れられていたのだった。

 他者との間の深い淵、まして獣との間を隔てる深い淵の縁に立って、竪琴を奏でるエリン。その姿には、深い絶望とかすかな希望とが同時に宿っている。飛翔する王獣・リランは、その名の表す「光」へと飛んでいけるのだろうか。

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