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科学と神秘のあいだ
大阪大学の菊地誠さんの、まあ「科学エッセイ」と言うべきかな。筑摩書房から刊行されています。菊池さんのブログ「kikulog」は、さまざまな「ニセ科学」をめぐる情報と議論の場として、ネットでは有名です。

これはかなり前に買って読んだ本あのですが、あらためて書き留めておこうと思いました。

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ここのところ、ビタミンKを投与されずに赤ちゃんが亡くなった事件をきっかけに、「ホメオパシー」をめぐる議論が盛んになり、日本学術会議の会長が談話を発表するまでになっています。そんな中で問われているのは、「科学」とは何か?「科学的なものの考え方」はどういう意味で大切なのか?ということなのだろうと思います。

この本の中に書かれているのは、もちろん個々の「ニセ科学」への言及もあるのですが、むしろ、もっと根本のところ、「科学」という方法、そのものの考え方、それが持っている意味、についての考察が主眼だ、といえます。

このように書くと、何だかえらく難しそうですが、そんなことはありません。趣味のロック音楽(ちょっと古い・・・というか、私なんぞが「うんうん」とうなずいて読むくらいなので相当古い?)やテルミン(不思議な楽器)の話を織りまぜながら、平易な文章で語られています。ソフトカバーのつくりも含めて、たぶん中高校生をはじめとした若い人達に向けて、という本だろうと思います。

人が生きている中で経験するものごとは、基本的に「一回性」を持っています。その人がその時に経験した、他に取り替えのきかない「真実」です。それは時に「奇跡」であったり「神秘」であったりします。そのような意味での、ひとりひとりの人にとっての「奇跡」や「神秘」を、「科学」は否定するわけではありません。

しかし、どんな「奇跡」も「神秘」も、一般化して語るためには、それが「偶然」なのか「必然」なのか、を厳しく見極める必要があります。どんなに「奇跡的」に見えるできごとでも、ある確率で偶然に起きることはある。ほんとうにそれが「必然」であるのか、は、さまざまな条件を整理して追試することによって確かめられていく。

私たちの日常は、そうした「科学という方法、ものの考え方」が与える「客観性」と、「私自身にとってのリアリティ」との「折り合いをつける」ことで成り立っている・・・そのことを、降水確率を見て個々人がどういう行動を選択するか、などの例を使って、この本はわかりやすく語ってくれます。

自分がどういうふうに折り合いをつけているのか、を意識できる、というのは、荒唐無稽なニセ科学に騙されないためにも、大切なこと。そのためのヒントが、随所に散りばめられています。中高校生をはじめ、若い人達に、また、ちょっと「科学」から遠ざかってしまったなあというおとなたちにも、おすすめの本だと思います。
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