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子どものリアリティ 学校のバーチャリティ(1)
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いつもは、本の話は別の読書ブログのほうに書くのですが、これは「子ども」に直接かかわるものでもあり、こちらに書くことにします。

「子どもは『変わった』のか?」
発達心理学者の浜田寿美男さんが、最近に起きた<子どもの事件>を手がかりにしつつ、この問いを考えていく本です。
議論は、まず、2004年に起きた佐世保小学生殺人事件(当時6年生の女の子が、学校で同級生の女の子をカッターナイフで殺害した事件)をふりかえるところから始まります。

当時の報道や、その後の報道関係者によるまとめ、教育委員会の調査報告、家裁の決定要旨、加害者となった女の子のホームページに書かれた詩や文章。様々な資料を手がかりに、「事件を起こすまで、彼女がどのような状況を生きてきたのか」を、著者はていねいに検討していきます。

その中で、著者は、この事件に限らず、起きてしまった事件の残虐性から遡行してそれまでの過程を解釈してしまうことが、事態の解釈・判断を誤らせる危険性について語っています。このことは重要だと思います。

この事件は、のちに見るように、家庭裁判所の審判でも、『バトル・ロワイヤル』などのホラー小説によって攻撃的自我を肥大させられた女児が引き起こした、残虐な計画的犯行として、処分が決定された。しかしほんとうにそうだったのか。そこに「結果が物語を彩る」という逆行的構成のゆがみが忍び込んではいなかったか。


そして、事件を起こす前に書かれたこの少女の文章や詩をみるとき、かならずしも、家裁決定が言うような「共感性の乏しさ」「感情認知の未熟さ」「主観的・情緒的なことを具体的に表現することが苦手」といった「人格特性」の把握は、適切とは言えないのではないか、という著者の疑問は、うなずけるものがあります。実際、これらの文章を素直に読むならば、そこに見えるのは、「容易には理解しがたい、両親でさえ適切に対応しえないような特異な人格の子ども」ではなく、「やや早熟で背伸びする傾向はあるものの、感受性豊かで、じゅうぶんに素直に育った子ども」です。

そういう少女が、どういう現実の中を生きた結果として、この事件に至ったのか。
小説『バトル・ロワイヤル』が、少女の攻撃性を強めたというふうに語られているけれど、むしろ彼女の生きている状況そのものが「バトル・ロワイヤル的」であり、だからこそこの小説に親和性を持ったのではないか。

その問いが、現代、子どもたちがその生活時間の大半を過ごす「学校」でどのような現実を生きているのか?という問いとなって、後半の論議が展開されていきます。

(続く)
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